フン族の襲来は

マルケリヌスによれば、東方から襲来したフン族は、370年前後にカスピ海からドン川に至る地域に住んでいたアラニ族を粉砕し、東ゴート族の支配領域に到達した。

ヨルダネスによれば、バラミールまたはバランベルと呼ばれる王に率いられたフン族の襲来によって、東ゴートの王エルマナリクは自殺してしまったとされる。

東ゴートの王権を継いだウィティメルは、兵士を再編成してフン族の先鋒となったアラニ族に抵抗したが、エラク川のほとりで敗死。

彼の遺児ウィデリックはバラミールに屈服し、東ゴート族は大部分がフン族の勢力に併合された。

東ゴート族の瓦解を目の当たりにした西ゴート族の王アタナリックは、民族を西方に移動させることを決意した。

西ゴート族は2つの勢力に分かれ、一部はフリティゲルンとアラヴィヴスに率いられてローマ帝国の庇護を求めるためにドナウ川国境線に向かった。

他方、アタナリックに率いられた西ゴート族はトランシルヴァニアに後退するためドニエストル川の陣営に駐屯した。

彼はフン族哨戒のためにムンデリック率いる分遣隊をドニエストル川東部に派遣させたが、フン族はこれを包囲する。
update:2010年07月25日