ミストラスとは
ギリシア・ペロポニソス半島南東部・ラコニア県にある中世城塞都市遺跡。
東ローマ帝国の地方行政組織モレアス専制公領の行政府、文化都市。
日本では西欧の文献で長く用いられた表記を採用して「ミストラ」と記す場合も多い。
標高15m、2001年現在の人口は4、608人。
この都市の元々の名前「ミジスラス」は「チーズ製造酪農家」を意味する中世ギリシア語である。
これが「ミストラス」という現在の形に変わったのは17世紀以降のことと考えられる。
十字軍と共にやって来た西欧人はギリシア人が話すこの言葉の対格形を主格と聞き違え、自らの言語に採り入れて「ミシスラ」とした。
その後この名称が転訛を遂げて17世紀後半に「ミストラ」と呼ばれるようになり、現在に至っている。
西欧の文献並びにそれを採り入れた日本語文献の多くでこの名称が用いられているのは、こうした経緯によるものであるミストラスの歴史は近隣に立つ古代都市スパルタの歴史と密接に結びついている。
古代スパルタは395年の西ゴート族長アラリックの攻撃により崩壊した。
東ローマ帝国の地方行政組織モレアス専制公領の行政府、文化都市。
日本では西欧の文献で長く用いられた表記を採用して「ミストラ」と記す場合も多い。
標高15m、2001年現在の人口は4、608人。
この都市の元々の名前「ミジスラス」は「チーズ製造酪農家」を意味する中世ギリシア語である。
これが「ミストラス」という現在の形に変わったのは17世紀以降のことと考えられる。
十字軍と共にやって来た西欧人はギリシア人が話すこの言葉の対格形を主格と聞き違え、自らの言語に採り入れて「ミシスラ」とした。
その後この名称が転訛を遂げて17世紀後半に「ミストラ」と呼ばれるようになり、現在に至っている。
西欧の文献並びにそれを採り入れた日本語文献の多くでこの名称が用いられているのは、こうした経緯によるものであるミストラスの歴史は近隣に立つ古代都市スパルタの歴史と密接に結びついている。
古代スパルタは395年の西ゴート族長アラリックの攻撃により崩壊した。
update:2010年05月23日
